愛してやまない

観劇ログ、はじめました。

DV「氷艶 hyoen2019 -月光かりの如く-」

 ディレイビューイングで「氷艶 hyoen2019 -月光かりの如く-」拝見しました。2019年の現場?納めです。特にスケーター陣の本業ノンバーバルパフォーマンスがあまりに素晴らしく、五回は泣いた。2020/01/01に感想追記しました。

ストーリー

 基本的には源氏物語ベース*1なんですが、それぞれの登場人物の印象は、原典とは少し違って見えました。キャストに合わせて変更してる気がするんですよね。
 
 運命的に出会った二人の子供たち。月と太陽。思惑に振り回されながら、さまざまな愛に生きていくお話。

好きな演出

 舞台装置、お金かかってるなあ。あの規模のスクリーン使われたら、ひれ伏してしまうよ。アイスショーは独特の舞台装置(船とか巨大雛壇とか)があって、とてもおもしろいね。氷艶は特に装置のサイズが大きいのが良い。三面客席があるステージングだからこその立体感に、スケールの大きさも魅力。
 
 歌比べの時に、朱雀帝と光源氏が滑った後に文字が浮かび上がっていくのが幻想的で優雅だった。上から見下ろすこと前提の照明演出はとても好きだ。屋敷の内部も照明で表現してて、なるほどな〜と思った。アイスショーの照明って結構抽象的なものが多いイメージだったから、転換なしで場面切り替えするのがよかった。ここまで完全にストーリー仕立てのものも少ないのかもしれないけど。一般的にはショーがメインだもんね。
 
 あともう衣装ですよね。ふんだんな布、布、布。形そのものも良かったなあ。滑った時にふわっと風を含むのが綺麗。布が多いけど、動きの邪魔をしない。イナバウアーやスパイラルをした時の美しさもよくわかる作りだったなあ。良い衣装だ。

出演者のすきなところ

 可憐で愛さずにはいられないリプニツカヤさん。性別の差を表現しながら、女の子が夢見る男像も見せてくださる柚希さんのカッコよさ。
 順番にあげていたらキリがないな笑。キャスト陣が本当に贅沢品だ。もちろんスタッフさんもそうなんですけどね。メインキャストを中心に、いくつか感想を書きます。

鈴木明子さん

 舞が本当に素敵だった。オーガンジーのショールみたいに腕と背中に緩く止められた布が風を含んで美しく、朧月夜という名前の美しさが出ているなあと思いました。

ステファン・ランビエルさん

 気品溢れる太陽神である朱雀帝のランビエール先生が、高橋大輔と対になるように踊るのは源氏物語だからという理由以外にもなんだかグッときますね。
 リプニツカヤさん演じる紫の上を情熱的に追いかける様子は、さながら花とゆめコミックス……。情熱的な美男美女だ。
 
 歌比べだったり、狩りだったりで、純粋に勝負を楽しむ朱雀君と光源氏のやりとりが良いなあ。束の間の平和。周りの思惑や恋によって次第に軋轢を生んでしまうけれど、もともとは子供の時から一緒に育った仲のいい兄弟だったんだなあと思わせる。

平原綾香さん

 当然のような歌とお芝居の安定感。でもなにより印象に残ったのがナレーションでした。沢城みゆきさんを彷彿とさせるような深みのある声質で、たおやかに語りかける言葉がとても素敵だった。寂しさや優しさに包まれながら、尼としての諦めも滲む。その下に覗く大きな愛情。いろんな手触りのある声のお芝居。

荒川静香さん

 凄まじい立ち姿の説得力がある。ヒール役だけど気品に溢れ、高貴で高潔な貴族の女。正しく美しい悪女。
 荒川さんは、衣装の繊維の先までが体。神経が通っている。リンク端の目一杯、ギリギリまで滑っても衣装が壁に干渉しないんですよ。十二単衣みたいな氷に引きずる長いお着物なのに!布が受肉している。表現者だなあ。心からショーを愛している人だ。
 
 光源氏をかばった紫の上を毒殺してしまい、実の息子朱雀帝の怒りを買ってしまう弘徽殿女御の最期がなんとも言えない。実の息子に刺殺される絶望感。女として、母親としての両方を見せてくれたなあ。

織田信成さん

 殿の極悪陰陽師、最高だったな。コミカルな体の動きに、滑らかなスケーティングが腕のある陰陽師感。でもちょっと噛ませ犬みたいなところもあって、こんな漫画みたいにやってくれるスケーターおる?!って喜んでしまった。

高橋大輔さん

 本当に彼はノンバーバル表現の申し子ですね。この人が滑ると風が吹くんですよ。いろんな質感の風が、じっとりと体にまとわりついたり、真横を吹き抜けたりするのが見える。ただまっすぐ滑るだけでも、いろんな感情が伝わってくるの。そういうところが本当に好き。
 
 そして、相手を見つめた時の瞳の吸引力がすごい。あんなの、世界にたった二人だけだと思い込んでしまう。まっすぐで情熱的なのに、儚さもある。今この人の手をとらなければ、と思わせるパフォーマンス。藤壺への求愛シーンがもう、そんな踊りで、そんな表情で求められたらそりゃあ陥落もする。
 
 紫の上と光源氏の舞があまりに美しくて、父性、愛の超越……と泣きながら思ってたら、めちゃくちゃ情欲に溢れた抱擁をしていて、そういや源氏物語における紫の上って、光源氏による理想の女育成計画だったなと思い出して涙引っ込んだ*2
 抱擁しただけで、どういう感情で相手を望んでいるのかが伝わってくるの、本当に素晴らしい。素敵だ。藤壺への抱擁、もう全身で「あなたが欲しい!」が伝わる情熱的な抱擁なのに対して、紫の上はちょっと違って見える。もうすこししっとりしているというか。紫の上は、いろんなものに傷付けられた光源氏の癒しであり、母親への幻想でもあり、一人の美しい少女でもあったんだろうな。
 紫の上と光源氏の関係性において、男女の愛というには最初の印象としてかわいいが勝ってしまったけど、この光源氏が最初からファムファタル育成目的だったかどうかはわからないから、こういう解釈でもいいのかなって思った。理想の女の子に育ってほしいと思ってたら、うっかり自分のストライクゾーンに入ってしまったのかもしれないし……*3
 
 最後に月明かりに浮かび上がる光源氏の美しいこと。フライングで藤壺の周りを舞う幻想的なシーンからの流れも素敵だった。永遠になってしまったんだな……。

全編吹き替えでも良かったのでは?

 ノンバーバル部分は本当に素敵で素晴らしく感動し、何度も静かに泣きじゃくってしまうほど心震える横浜アリーナの景色だったんですが、台詞のお芝居が入ると、そうだなあ……。
 そもそも外人キャスト陣を日本語吹き替えするくらいなら、別に全編吹き替えに統一しても良かったんじゃないかな〜とは思いました。個人的な感想ですが。

感想まとめ

 公演を見ながらしみじみと、アイスショーの良さは"表現の幅が広がること"だなと思った。源氏物語をやるなら、別に演劇でもいいわけじゃないですか。わざわざスケート技術が必要な氷の上でやる意義は、フィギュアスケートの芸術特性に期待したから、に他ならないんじゃないか。
 私は優雅で情感たっぷりで、あらゆる表現技法が混ざってるのがフィギュアスケートの特性であり、良さだと思ってるんですよ。スケートを滑る+音楽や物語を表現するためのダンスやマイムの技術が必要な、コンパウンドな芸術分野。アイスショーというまとまりを持ちながら、いろんな挑戦ができる場所。
 氷艶はそんなフィギュアスケートの土壌の大きさや、可能性を可視化してくれた公演なんだなと思いました。
 
 フィギュアスケートと演劇の融合。フィギュアスケートを競技ではなく"商業エンターテインメントとしてどう発展させていくのか"の新しい試み。まだまだ進化した先が見てみたいな。
 
 

*1:だったと思う。

*2:キングオブロリコンであり、マザコン

*3:原典は完全に、光源氏の母親への執着と投影が始まりだったけれど。