愛してやまない

観劇ログ、はじめました。

大人計画「キレイ-神様と待ち合わせした女-」

 Bunkamura30周年記念 シアターコクーン・オンレパートリー2019+大人計画「キレイ-神様と待ち合わせした女-」を観劇しました。
 キレイを観るのは初めて。再演四回目にして、ようやくです。おもしろかった、と言ったらちょっと変だけど、おもしろかったです。傑作とか名作とか、そういう言葉の作品。ネタバレします。

あらすじ

 地下室に監禁されていた少女が脱走。過去の記憶を捨てて“ケガレ”と名乗った少女は、ソトの世界で、戦死したダイズ兵の回収・リサイクル業者*1のカネコ組に拾われ、戦場で死体回収しながら小銭を稼いでいた。
 銭に執着するケガレの暮らしに同情したダイズ加工食品会社の社長令嬢・カスミとの奇妙な友情も芽生え、近隣民族と小競り合いをしながらもカネコ組の愉快な仲間たちとたくましく生きていくケガレ。
 
 そんな幼いケガレを見守る、ケガレの大人の姿・ミソギ。そして、地下室からつきまとう神様*2
 忘れたはずの記憶の断片、戦争、銃弾。あらゆるものに振り回されて、苦しみながらも、ケガレは少しずつ過去の記憶を掘り起こしていく。
 
「あの地下室に、何か大事なものを忘れてきた気がする」
 そう言ってミソギとケガレは、忌々しい地下室へ走り出す。

地下室に忘れてきたもの

 神様は、地下室に囚われる前の私。「もう神様のふりしなくてもいいよ」と優しく抱きしめてあげる。「ケガレて、ケガレて、私はキレイ」最後には神様も、ケガレもミソギも、全部一つになって新しくキレイに生まれ変わる。
 
 最後まで観るとサブタイトルの「神様と待ち合わせした女」が回収される仕組み。

感想

 すっっっごい好きで、なにかとてつもないものを見た……と思うんですが、要領を得ない感想しかでてこない。巨大な感情に支配されながら、ずっとああでもないこうでもないと考え込んで迷宮入りしてしまう。もう何回か観れば良かった。
 
 お話に散りばめられたテーマがエグいのに、すんなり入ってくる。戦争も売春も、レイプ・監禁、ダイズ製とはいえ死んだ兵士を食べること。どれもこれも重いテーマのはずなのに「普通」なんですよね。軽い。
 このあたりの人権って、そういうところに目を向けられるくらい、命に対して余裕を持ってて初めて生まれる考えだから、そういう軽ささえも別世界を感じさせて好きでした。話の大筋を邪魔しない、良い意味での命の軽さ。
 
 そんな風に構えていると、突然がつーんと「缶詰に自分の旦那が入っていた」っていうショックを与えてくるところがまた良かったな。大勢の死ではスルーできても、知っている個体の死は別物。ケガレが人間の命を軽く扱ってきたことへの罰*3

松尾スズキさん作・演出

 松尾スズキさんのダンサーの使い方が好き。コンテンポラリー系のダンサーを使って、抽象的な気持ち悪さを見せてくれる。幻想的で異世界
 舞台セットと映像のつけ方は毎度のことですが、とっても大好きなやつです。映画の「ユメ十夜」を思い出す。映像を使った、言葉の記号的な遊び方。
 
 いつもの松尾さんに比べたら真面目に作ってるな〜、と思った。毎回真面目には作ってらっしゃるんでしょうけど、シュールなシーンも少ない*4し、しっかりミュージカルしてたな。音楽も良かった。
 松尾さんってあんまりミュージカル得意じゃないというか、急に歌い出すのちょっと恥ずかしいなって思ってる人だと思うんですけど、本人不在だからこそちゃんとミュージカルさせたんじゃないか、なんて。

主観だらけのストーリー考察

 ケガレの犯した罪=穢れを、ミソギが償う図。自身の穢れを祓ってから神様のいる地下室へ降りていくのは、信仰として自然な流れだなあ。
 ミルトンの失楽園の要素とか、入ってたりするのかなあ、とかなんとか、もちゃもちゃ思ったりもしている。どうなんだろう。失楽園読んでないんですけど……。

人間万事塞翁が馬

 ゲイで天才に変わったハリコナが、宇宙で馬鹿に戻っちゃうあたり、禍福は糾える縄の如しというかなんというか。馬鹿のまま生きるほうが幸せなのか、かしこいお金持ちで居続ける方がいいのか。幸福と災いは表裏一体かもしれない。

生への肯定

 最後の「けがれてけがれて、私はキレイ」の台詞を聞くと、どうしても「きれいは汚い、汚いはきれい」のマクベスの一節を思い出してしまう。ケガレもキレイも、一つの対象を相対的に評価しただけなのかな。それが裏になるか表になるのか。誰が判断するかによって表裏は変わる。
 カスミに「裏表あるほうがお得!」と言うケガレの全肯定は救いだと思う。自己を受け入れて生きていくこと自体が、キレイなことなんじゃないか。人間であることの肯定というか。
 
 男に汚され、それすらも受け入れて楽しんでいた自分はさらに汚いと感じていたケガレが、封印していた過去の記憶や自分の弱さも受け入れたこと。過去も今もひっくるめた生身の美しさ。人間らしく生きることの美。
 地下室で儲けたか損したか、楽しいこと苦しいこと、たくさん経験した?って確認するシーンが、すべてを包み込んでくれるみたいで。優しくて美しい光景だったな。
 
 穢れとは何かを考え込んでしまう。生殖機能を持ったダイズ兵と子供を作ること。未亡人の娼館。結果的に望んだセックスと、望まれたセックスを条件としてのむことの違いって何。
 生きていくため、繁殖のための手段ならば、そういうのは全部赦されるべき罪なんだと思うんですよ。生きることは美しい。「ドブネズミみたいに美しくなりたい*5」みたいな。生きてることは生き恥を晒すこと、というダイズ丸の言葉はきっといろんな人を救ってくれる。

神様、赤子説

 もし地下室に囚われる前の私を"赤子"だと仮定するならば、神様はもしかしたら産むはずだった子供の幻影だったりするのかもしれない。喜んでセックスしていたくせに、堕胎してしまったのだとしたら。置き去りにしてしまったのは昔の綺麗な*6自分か、はたまた子供になるはずだったナニカか。
 そんな神様を、親という立場になったミソギが迎えにいったのだとしたら、とても悲しくて優しいお話になるなと思ったりもした。さすがに考えすぎだとは思うんですが。

役者について

 気になった方だけちらほら書きます。

小池徹平のききやすさ

 弾き語りやってたからなんでしょうか。ミュージカルパートの言葉の聞き取りやすさが良いんですよね。歌がうまいとか以前に、言葉を届ける技能が卓越している。日本語を日本語として聞かせてくれる。歌でも台詞でも。
 何回か拝見しているんですけど、本当にミュージカル俳優だなあ。役の幅も広いし、見るたびに熟練度が増している気がする。

神木隆之介という天才

 いくらハンサムライブみたいな歌ものや、映像仕事をずっとやってるからっていっても、こうも初舞台のミュージカルがうまいもんかね。こんなの、初めて詐欺でしょ。
 喋るように歌う。動きも良い。声も飛んでる。お芝居のスケールも、まるでベテランだった。いろんなものの勘が良さそう。天才ってこういう人のことを言うんじゃないか。

主演、生田絵梨花さん

 劇場の男の子比率高いと「おっ!女子アイドル出演だな!」って気分になりますね。新鮮だし、特にこのタイプの舞台は大丈夫だったかなって感想が気になってしまう。
 
 生田さんは見られている意識が段違いだな〜と思った。女の子アイドル特有のキラキラした透明感。周りを固める役者がドロドロ濃厚俳優が多い(笑)ので、いっそう本人の透明感が際立つ。小汚い格好をしても、意地汚い台詞を言っても、なんか綺麗。ケガレのまっすぐな内面の表現として、この透明感は武器だな〜って思いました。
 
 

*1:ダイズ兵はダイズで作った人型兵器なので、戦死したら缶詰としてリサイクルされる。兵器に加工された瞬間から賞味期限が発生するため、出来る限り早めに戦死して回収されたい。

*2:マジシャンの脳味噌から派生。増える。

*3:ケガレが銭ほしさに、うっかり人間をリサイクルにまわしてしまったことが原因の事故。

*4:そういうの好きなんですけどね。

*5:リンダ リンダ / THE BLUE HEARTS

*6:つまりは月経すら知らなかったような、